2015/05/11
マグリットとデミアンの思い出
国立新美術館のマグリット展に行き
海から羽ばたく鳥を描いた「大家族」に
再会しました。
この絵との最初の出会いは10代の終わり頃
ヘルマン・ヘッセの「デミアン」という
小説を読んだ直後だったと記憶しています。
ものすごく感銘と影響を受けた小説で
その中のこんな一節があまりにも
この絵そのものに思えてちょっと驚きました。
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。
卵は世界だ。生まれようと欲するものは
一つの世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ・・・」
そして今夜はその一節を探すために
何十年かぶりに「デミアン」とも再会しています。
2011/08/04
映画の余韻
梅雨に戻ったような夏の日々、今年ももう8月に。
先月は得るより無くしてしまうような事が多かった。
そんな中で見た映画「Biutiful」
僕はこの映画の中に「光」は見えませんでした。
見終えた後に残ったものは「希望のない切なさ」だけ。
だから本当に辛かった。
現代のバルセロナを舞台に、余命2ヶ月と診断された男は
散らかった人生に納得の行く幕引きができないまま息絶える。
そんなストーリーの余韻がいつまでも消えなかった。
対応策(?)として、翌週レンタルDVDで「GANTZ」を観た。
死んだはずの人間が不思議な世界で生き返ったりする物語
(ちょっと内容説明を端折りすぎですが・・・)。
その翌週は「アウトレージ」(北野武監督)を観た。
これはそんなことで人は殺されてしまう・・・という映画。
少し「Biutiful」の辛さが中和された。
死があるから生がある。どういう状況であれ
「生」は「生」なのだ。
一昨日、コンゴトロニクスのライヴに行き、歓喜の中で踊った。
アフリカ音楽のパワーに身を委ね、その豊かさに甘えてみた。
この幸福な「生」のひと時を噛みしめてみる。

音楽の喜びを(その喜びの本質を)僕に教えてくれたのは
先月亡くなられた音楽評論家の中村とうようさんだった。
とうようさんは全てやりきった人生だったのだと思う。
「生」の終わりは、祝福の中で見送られない事も
受け入れなくては行けない現実。
ありがとうございました、とうようさん。
そして僕は、もう一度「Biutiful」を見てもいいぞと
思えるようになった。

「Biutiful」
2010年スペイン・メキシコ合作映画
配給:ファントム・フィルム
http://biutiful.jp/index.html
先月は得るより無くしてしまうような事が多かった。
そんな中で見た映画「Biutiful」
僕はこの映画の中に「光」は見えませんでした。
見終えた後に残ったものは「希望のない切なさ」だけ。
だから本当に辛かった。
現代のバルセロナを舞台に、余命2ヶ月と診断された男は
散らかった人生に納得の行く幕引きができないまま息絶える。
そんなストーリーの余韻がいつまでも消えなかった。
対応策(?)として、翌週レンタルDVDで「GANTZ」を観た。
死んだはずの人間が不思議な世界で生き返ったりする物語
(ちょっと内容説明を端折りすぎですが・・・)。
その翌週は「アウトレージ」(北野武監督)を観た。
これはそんなことで人は殺されてしまう・・・という映画。
少し「Biutiful」の辛さが中和された。
死があるから生がある。どういう状況であれ
「生」は「生」なのだ。
一昨日、コンゴトロニクスのライヴに行き、歓喜の中で踊った。
アフリカ音楽のパワーに身を委ね、その豊かさに甘えてみた。
この幸福な「生」のひと時を噛みしめてみる。

音楽の喜びを(その喜びの本質を)僕に教えてくれたのは
先月亡くなられた音楽評論家の中村とうようさんだった。
とうようさんは全てやりきった人生だったのだと思う。
「生」の終わりは、祝福の中で見送られない事も
受け入れなくては行けない現実。
ありがとうございました、とうようさん。
そして僕は、もう一度「Biutiful」を見てもいいぞと
思えるようになった。

「Biutiful」
2010年スペイン・メキシコ合作映画
配給:ファントム・フィルム
http://biutiful.jp/index.html
2010/08/17
お盆はミナミへ

お盆は大阪出張。
なんば(ミナミ)の夜は熱く美味しく・・・
眺めの良いホテルは、世間が休みなのに
働いている自分へのプレゼント。
なんばの地下街に印象派の絵画(複製)が飾られており
その中の一枚に足が止まりました。

「パリ、雨の日」(Rue de Paris, temps de pluie)1877年
作者ギュスターヴ・カイユボット Gustave Caillebotte
(1848-1894)はパリの裕福な家庭に生まれ
印象派の絵画を購入し画家達を経済的に支えながら
自らも作品を残した人。
この絵に不思議な感覚を覚えたのは、
とても現代的で映画のような構図にも関わらず
広い道に自動車が無い不自然さ
(もちろんまだ自動車の無い時代)。
カイユボットの洗練された感性は、印象派の時代よりずっと先の
今に近く、風景が追いつかなかったのですね^^
2009/11/24
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
真っ暗闇の中にいた。
僕を含め8名
1時間半近くもだ。
密室ではなかった。
古い民家
懐かしい公園
家庭的なBar
そんな場所だ。
暗闇が怖くて心配で
すっかり萎縮していた。
それこそが感覚(五感)を
鈍らす(閉ざす)源だ。
暗闇を受け入れて
積極的に楽しもうと思えた時から
暗闇は敵ではなくなる。
そうなれたのは
適度なリラックスのお陰だった。
そのスイッチは
あたたかい紅茶かも知れないし
甘口のワインかも知れない。
実はこれ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク 」
という真っ暗な中でのイベントで
世界25カ国600万人以上が参加している
エンターテイメントです。
何年も前から行きたかったのだけれど
不定期の開催で、気づいた時には
いつも売切れ状態。
今回のロングラン開催で
やっと参加することができました。
目に見えるとか見えないとか
形あるとかないとか
広いとか狭いとか
仲間とか他人とか
自分と世界とか
本当に大切な事は何だろう。
境界なんてどこにあるのだろう・・・。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
おすすめです^^
(Dialog in the dark)
http://www.dialoginthedark.com/
僕を含め8名
1時間半近くもだ。
密室ではなかった。
古い民家
懐かしい公園
家庭的なBar
そんな場所だ。
暗闇が怖くて心配で
すっかり萎縮していた。
それこそが感覚(五感)を
鈍らす(閉ざす)源だ。
暗闇を受け入れて
積極的に楽しもうと思えた時から
暗闇は敵ではなくなる。
そうなれたのは
適度なリラックスのお陰だった。
そのスイッチは
あたたかい紅茶かも知れないし
甘口のワインかも知れない。
実はこれ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク 」
という真っ暗な中でのイベントで
世界25カ国600万人以上が参加している
エンターテイメントです。
何年も前から行きたかったのだけれど
不定期の開催で、気づいた時には
いつも売切れ状態。
今回のロングラン開催で
やっと参加することができました。
目に見えるとか見えないとか
形あるとかないとか
広いとか狭いとか
仲間とか他人とか
自分と世界とか
本当に大切な事は何だろう。
境界なんてどこにあるのだろう・・・。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
おすすめです^^
(Dialog in the dark)
http://www.dialoginthedark.com/
2009/11/01
2009/04/10
腕まくり

暖かで明るい空気を感じる時
思い出すのは、あの女性・・・。
フィリップ・ウィルソン・スティーアの作品「浜辺の若い女性 」です。
Jeune femme sur la plage ( Jeune femme sur la jetée ),
Walberswick ( Suffolk ). / Vers 1888-89
Philip Wilson Steer 1860-1942
決して有名な絵ではないと思うのですが
1987年にオルセー美術館に行った際
一目ぼれしてしまいました。
それから8年後、PARISを訪れた時
窓際の高い所に展示されていた記憶を頼りに
再会できた時は本当に嬉しかったものです。
画家名と作品名をその時メモしたので
インターネットの時代では検索して
こうしていつでも見ることができるのは
やはり便利だなぁと実感。
暖かな光と風
美しいであろう彼女。
なんとも優雅な時間・・・
この絵の中に入ってしまいたくなります。
気温が20℃を超えた今日。
腕まくりをしながら
絵の貴女を思い出した
そんな一日でした。
2009/02/08
Arts and crafts
「生活と芸術-Arts and crafts展」を観に上野の東京都美術館へ。アーツ&クラフツはイギリスの詩人・思想家ウイリアム・モリスが
19世紀後半に提唱したデザイン運動で、生活に使うモノにも芸術性や
作り手の技術の大切さを唱えたものです。
モリスの作品に、不思議な身近さを感じたのは
当時のイギリスにジャポニズムの影響があったせいなのか
日本のインテリアにモリスの影響があるのかは分かりませんが・・・。
祖父母が残した家具や民芸品には、
デザインに優れ、手作りの温もりのあるものが
多くあったように思います。身近に感じたのは
そういう懐かしさなんじゃなかろうかと、考えてみたりも・・・。
モリスのこんな言葉は(大掃除の時以外でも)とても、ハッとします。
「役に立たないもの、美しくないものたちを、家においてはいけない。」
2008/12/25
Santa Claus is Coming to ・・・

先日行った牧場に
サンタクロースがいらしていたので
画像におさめてきました。
冬の透明な陽射しを浴びるサンタクロース
こうした建物の前だと良い絵になります。
(埼玉県上尾市・榎本牧場・・・アイスクリームが美味しい)
想像するに、今晩サンタが舞い降りるところには
見える人にしか見えないスポットライトのような
光があたるのではないかと、思っています。
***
Bunkamuraで開催されていた
アンドリュー・ワイエス(アメリカの画家)展。
何のトピックスも無く繰り返される日常にも
ワイエスの視点が定まると、
慈愛に満ちた光が映し出されるから不思議です。
それは彼のフィクションではなく
実在する対象から、あぶり出される「仏性」?を
見抜いて描いているかのようです。
贈り物は無いかもしれませんが
眼の曇りを拭うと、見えるかもしれませんね
サンタの訪れた形跡が^^
Happy Xmas (War is over , if you want it)!
2007/12/03
12月のイチョウ・・・フィラデルフィア美術館展

今年も師走。
去年の大掃除がまだ終わっていませんが
季節は紅葉も終盤になり深紅の楓も良いが
軽やかな黄金色のイチョウも良いもんだと
この穏やかだった土日は散歩三昧でした。
ふらり電車に乗り
池之端から上野公園へ
木々を眺めながら東京都美術館で開催中の
フィラデルフィア美術館展を覗く・・・。
19世紀後半から20世紀前半の絵画の流れは
プレスリーからピストルズの変遷に匹敵するくらい
ダイナミックで大好きです(ちょっと強引な話か!?)。
特に「ターナー」「セザンヌ」「クレー」「カンディンスキー」などは
気持ち良く突き抜けてるなぁと思うのです^^
帰り道、大きなイチョウの木の下で
黄色に包まれて思わず鼻歌でうたう
コールドプレイの「YELLOW」
今年は芸術の冬・・・か!?
2006/08/26
明日の神話

東京・汐留で公開されている故岡本太郎氏の大作
「明日の神話」を見てきました。
全長30mに及ぶ作品で
長く行方不明になっていたとか。
岡本太郎氏の最大・最高傑作との
謳い文句の真偽は分かりませんが
「見てよかった・・・」
見ているうちに元気になりました。
この巨大な壁画を前に
全身で格闘している作者の姿が
ふと目に浮かんだとき
僕の体が反応し
細胞が活性化した・・・そんな気分でした。
内側に突き詰めていくアートもあれば
このように
外へ外へ絶え間なく突破して行くものもあるのだと
「芸術は爆発だ」という言葉の意味を
垣間見た思いです。
8/末までの公開です。
あまりにも大きいので
この後の常設場所が決まっていないとか。
見れるうちに是非一度・・・
http://www.1101.com/asunoshinwa/
2006/08/14
modigliani

ジャケットが気に入って借りて観たDVD・・・
アンディ・ガルシア扮する「モディリアーニ 真実の愛」です。
第一次大戦後、パリのモンパルナスにあるCAFE「ラ・ロトンド」。
そこに集うパブロ・ピカソ、ディエゴ・リベラ、ガートルード・スタイン、
ジャン・コクトー、ハイム・スーチン、モーリス・ユトリロ、モイース・キスリング
などなど・・・
いつの時代にもこういうサロンはあったのだと思うのですが
このエコールドパリの時代は特別に惹かれてしまいます。
70年代のニューヨーク、ルネッサンス期のフィレンツェ・・・
21世紀の六本木ヒルズ(これは違うか)。
何年か周期で訪れる流星群のように
時代を突き抜けていく作品が次々と
ある時、ある場所で生まれる事があるのでしょうね。
初めてモディリアーニの絵を見たとき
瞳の無い女性の肖像に「?」だったのですが
映画の女優エルザ・ジルベルスタイン(ELSA ZYLBERSTEIN)の
面長な美貌と淡いブルーの瞳を観て、不思議と納得してしまいました。
視線と気持ちがこっちに向かっていない場合
瞳はさしあたって重要ではないのだ・・・と^^
お盆になりましたね。。。
過去の戦いを振り返り、繰り返さない事を
誓う日も近い。。。
残暑お見舞い申し上げます part.2
2006/07/22
マグリット・・・の空
2006/04/16
恩師との再会

世田谷文学館で開催されている
「ヘルマン・ヘッセ展」。
http://www.setabun.or.jp/hesse.htm
10代の終わり頃
ヘッセを読み漁っていました。
特に「荒野のおおかみ」という本では
雷のような衝撃を受けたものです。
(主人公の名前が”ハリー”だった事も
その衝撃の一役をかっていたと思います・笑)
大切な恩師との再会でした
(もちろん実際に会った事はありません)。
当時、読んだ数々の「教え」がよみがえる中
ヘッセの囁きが聞こえてくるようでした。
「これからも続く人間への道のりを
その日々を・・・その時々を・・・
闘い、味わい、楽しんでいますか?」と。
会場に行った昨日
4/15(土)の東京は
少し冷たい空気と
やわらかな春の日差しが零れる
ヘッセのような一日でした。
2006/02/04
「書の至宝」展

学生時代には
書道をやっていました。。。(^_^)v
で今日
上野の「東京国立博物館」に
一堂に集まっている
日・中の名筆に会ってきました。
「書の至宝」展です。
http://www.asahi.com/sho/
***
現在の「書」が完成したのは
1500年前。
この1500年間の「書」が教えてくれるのは
「書は人なり」とでも言うか。
どんなに飾っても
綺麗に見せても
強く見せても
書には「人」がにじみ出てしまいます。
至宝と呼ばれる「書」…
実は
それを書いた人こそが
至宝なのだと思いました。
印刷ではない真跡で見る
名筆は、筆の毛一本一本の
動きが伝わってきます。
それは
E・クラプトンの
アコ?スティックギター演奏を
目の前1mで聴いているとでも言うか・・・
(この例えはどうなんだろう:笑)
大混雑の会場と
膨大な作品群に
今日だけでは消化できませんでした。
期間は2/19まで・・・
平日にい・き・た・い・・・
2005/10/23
GLAMOROUS SKY

好きです「GLAMOROUS SKY」。
大音量で聴かないとダメですよね(笑)。
映画は観ていませんが
この曲の一節「♪眠れないよ♪」はいいと思う。
狙ったところもあると思いますが
こういうイマジネーションは大切だと思います。
最近この"イマジネーション”とか”ひらめき”
と言う言葉がちょっと気になっています。
サッカーの解説者がよく使う言葉で
わかったようでわからん?言葉だったのだけど
意識していると結構いろいろな場面で使われているようです・・・。
今年のF1日本GP
Fアロンソガ130RでMシューマッハーを
外側から抜き去ったこの「想像力」。
QUEENの初期のアルバムにあってINNUENDO(最後のアルバム)に
無い「閃き」。
アビニヨンの娘たちを描いたピカソの「飛躍」。
抜かれたMシューマッハーやクイーンでは無いけれど
年齢を重ねるとどうしても経験値で動いてしまいます。
晩年のピカソのこんな言葉が好きです
「やっと子供のような絵が描けるようになった・・・」。
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