今日のニュースでフォークデュオ「風」の大久保一久さん
(くぼやん)が他界された事を知った。
10代の頃は洋楽派で邦楽はあまり聞かなかったのだけれど
「風」は何故か特別だった。きっかけは伊勢正三さんの
楽曲だったのだけれど何年もかけて聴いているうちに、
本当に心に馴染む曲は大久保一久さんの曲が多い事に
気づく。
くぼやんの「ロンリネス」という曲は、歴史的な名曲では
ないかも知れないけれど、何か大きなものを失った時
どうしようもない空虚な時間を静かに歌い上げてくれる
僕にとっては特別な一曲。
「古都」という曲では、その世界に惹かれて高校時代
友人達とと旅行をした。 画像は1980年3月の京都で
歌詞に出てくる「日が沈む嵐山」「にぎやかな四条通り」
そして横っちょの写真は大人ぶった当時の僕ら。
この旅行が忘れられなくて高校卒業後、僕は東京を離れて
京都で4年間学生生活を送った。風を聞かなかったら別の
人生を送っていたかも知れません。
ありがとう、くぼやん。
2015/05/11
マグリットとデミアンの思い出
国立新美術館のマグリット展に行き
海から羽ばたく鳥を描いた「大家族」に
再会しました。
この絵との最初の出会いは10代の終わり頃
ヘルマン・ヘッセの「デミアン」という
小説を読んだ直後だったと記憶しています。
ものすごく感銘と影響を受けた小説で
その中のこんな一節があまりにも
この絵そのものに思えてちょっと驚きました。
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。
卵は世界だ。生まれようと欲するものは
一つの世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ・・・」
そして今夜はその一節を探すために
何十年かぶりに「デミアン」とも再会しています。
2014/09/20
ヨーロッパ3部作
自宅静養中の休日は音楽鑑賞。
「加藤和彦ヨーロッパ三部作・最新リマスター」
今年の春に発売されていた事をネットで見つけて
amazonでお酒の勢いもあって速攻でクリック。
本日届きました。
これまで発売されていたCDでは抜けてしまった音源があったりして
レコードで親しんでいたファンの間ではがっかりなものだったのですが、
このセットではしっかり復活。
何十年かぶりに聞けた、Lazy Girlのコーラス。
Missing Pieceが埋まって何だか、ほっ。
1979「PAPA HAMINGWAY」
1980「うたかたのオペラ」
1981「Bell Excentrique」
30年以上経つ作品ですが、この当時加藤さんが到達した高みは
あまりにも圧倒的で、安易なフォロワーを生まなかった事が
一般的な知名度を上げなかった理由なのかも知れません。
参加していたミュージシャンも圧巻なんですけどね。
坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣、大村憲司、小原礼、矢野顕子etc
2014/08/31
アキレス腱断裂
夏の終わり、、、
まさかのアキレス腱断裂。
スポーツジムで頑張り過ぎてしまいました。これは何かの天命なのかと、この秋は芸術とか学問の秋にしたいと思います。約束していたイベントにしばらく行けなくなりそうで皆さんごめんなさい(>_<)
***************************************
手術からリハビリの記録
「アキレス腱断裂」そう題したWEBサイトの多いこと。
そして、同じ経験をした者同士だからこそわかる気持ち
僕も綴っていく事にします。
アンラッキーな見知らぬ友人達へ^^
■2014/8/31
夏の終わりの日曜日、スポーツジムでマーシャルアーツの
連続蹴り技をしている際、地面に足を付いた瞬間「バキボキ」
と音が。誰だ僕のアキレス腱を蹴とばしたのは、と振り返っても
誰もいない。そのまま救急車からの病院で包帯とあて木の応急処置。
■2014/9/4
手術をしました。AM10:00。
下半身麻酔でうつ伏せの状態。40分くらい。
手術後辛かったのは麻酔が切れてきた夕方ころ。
傷口でなく、ベッドのせいなのか腰が痛くてたまりません。
仰向けで手術した足を少し高くしてる姿勢。そして腕に点滴。
トイレに行かないで済むように手術後麻酔が効いてる時に
尿道に管入れられてました。
夜中は何度も目を覚まし、腰は痛いし、寝返り打つと
あそこはアーだし・・・。
■2014/9/5
朝、管を抜かれ生きた心地。
■2014/9/6
退院。この病院は割と患者にドライかも。
3-4日おきに傷の消毒に行きました。抜糸まで。
松葉杖生活の始まり。
幸いな事に、体重が軽めです。
167cm 58kg
フルマラソンは4-5時間でなら走れます。
スポーツジムで筋トレも適度にしていたので
松葉杖歩行結構上手です。
■2014/9/8
ラッシュ時間をずらして、仕事に復帰。片道一時間の通勤。
事務職なので、ほぼ座り仕事。
そして、怪我した脚の動かせる所は積極的に動かすようにしました。
足の指でゴルフボールをにぎる、足を持ち上げたりする運動。
アキレス腱に良いかと思い、週に一度は
韓国料理屋で「豚足」食べ始めました。
それから、コンドロイチン、グルコサミンなどが
入ったプロテイン「グリコ・ジョイントプラス」を
毎朝飲み始めました。
■2014/9/19
抜糸。ギブス(青い固いギブス用包帯)のまき直し。
足首の角度がそれまでより少し鋭角に固定されました。
90度までは行かず。
お酒は解禁。
■2014/9/26頃
ギブス内の遊びの空間で動かせる所は良く動かしました。
杖なしでも両足歩行を室内では少しできます。
■2014/10/3
ギブスが取れました。普通は装具を付けるらしいのですが
ここの先生は、装具は付けない主義のようです。
「いい治り具合です」と褒められ、そのままゆっくり
杖付きながら両足歩行で、約1km歩いて帰りました。
■2014/10/17
通院。「もう杖付かないでください」と先生。
日に日に歩幅も広がり、歩くスピードも増してきました。
「運動は11月からです」との事
■2014/10/31
通院。「いいですね、もう治ってます」との事。
後は自分で筋肉つけなさいって事ですね。
■2014/11/6頃から
会社は11階にあります。階段で上がることにしました。
■2014/11/21
少し、怪我した方の足でつま先立ちができるように
なりました。まだ歩行は少しだけびっこひいてます。
■2015/1/1
元旦のお神輿を担ぎました。少し怖かったけれど
準備運動を多くして、全盛時期より少し加減して。
■2015/1/2
4月のマラソン大会に向け
ゆっくりジョギング開始
距離6km、40分 6.3km/h
■2015/4/19
かすみがうらマラソン大会
フルマラソンを何とか完走。
6時間近く掛かりました。。。
でも、完全復活を心身確信した日
手術から7か月目です。
■2015/8/31
丁度1年・・・
健康への感謝を忘れそうになっています。
毎年この日は、健康である事に感謝する
そんな日にしようかと思います。
(完)
2014/06/12
Comet, Come To Me

ただただ素晴らしいです。
Meshell Ndegeocello (ミシェル・ンデゲオチェロ) のアルバム
「Comet, Come To Me」
僕のような素人でも彼女の音が、そこらにあるものと圧倒的に違う事くらいすぐ分かるし
次の瞬間に鳴る音が全く予想外なのに完璧にフィットしているのに舌を巻きます。
ソウルだジャズだヒップホップだレゲエだロックだ・・・とかそんな境目を重力が
無いかのように跳び越え、次から次へと繰り広げられる心地よい裏切りにニッコリ降参。
Youtubeで全曲聴けます(Official)。
http://www.youtube.com/watch?v=3vrBxqFxHWE&list=PL-B2uT9e7MWi2ZeGaWPj-MYAYOq99pIFq
2014/01/22
再会
秋に突然連絡のあったスミオ君と約束通り
新年会(忘年会の日程がつかず)を開催。
我々男に二言なく、再会が実現した事に自画自賛。
この日はスミオ君の他にキヨちん、チャラぼうも
加え計4人の新年会。僕にとっては35年ぶりの
顔ぶれだった。
お酒の力も加わり、あっという間に
35年前に。
だれだれちゃん(女子)の話は、お約束的だけど
あいつが他界して・・・とか
あいつが消息不明・・・とか
35年の月日とは、そういう所で現る。
ホントはみんなそれなりに苦労をし
何かを抱えているのだろう。
会話の所々に、そんな破片が見え隠れする。
「お前なら大丈夫だよ!」
根拠なくさっぱりと言う、キヨちんは
相変わらずだ。その変わらぬ軽妙さに
涙が出そうになった。
単身赴任が長くてさ・・・
体型が横に延びたチャラぼうはサラリと言う。
こうして会える、集まれるなら
僕らは大丈夫だ。
だから、集まれなくなった
仲間が心配だ、だって友達だろ。
と熱く語るスミオ君も変らない。
ハリッペ(僕の昔のあだ名)今度は女子呼ぼうな!
それから
ヨシノの行方探ろうな!
そんな約束をして僕らは3件目のラーメン屋まで
子供のように遊んだ。
みんなまたね!
新年会(忘年会の日程がつかず)を開催。
我々男に二言なく、再会が実現した事に自画自賛。
この日はスミオ君の他にキヨちん、チャラぼうも
加え計4人の新年会。僕にとっては35年ぶりの
顔ぶれだった。
お酒の力も加わり、あっという間に
35年前に。
だれだれちゃん(女子)の話は、お約束的だけど
あいつが他界して・・・とか
あいつが消息不明・・・とか
35年の月日とは、そういう所で現る。
ホントはみんなそれなりに苦労をし
何かを抱えているのだろう。
会話の所々に、そんな破片が見え隠れする。
「お前なら大丈夫だよ!」
根拠なくさっぱりと言う、キヨちんは
相変わらずだ。その変わらぬ軽妙さに
涙が出そうになった。
単身赴任が長くてさ・・・
体型が横に延びたチャラぼうはサラリと言う。
こうして会える、集まれるなら
僕らは大丈夫だ。
だから、集まれなくなった
仲間が心配だ、だって友達だろ。
と熱く語るスミオ君も変らない。
ハリッペ(僕の昔のあだ名)今度は女子呼ぼうな!
それから
ヨシノの行方探ろうな!
そんな約束をして僕らは3件目のラーメン屋まで
子供のように遊んだ。
みんなまたね!
2014/01/02
1981~1982
新年は「A long vacation」ばかり聴いている。
年末の大滝詠一さんの訃報に、ただ驚くばかり。
そのアルバムは1981年、友人のT君からもらったカセットで
初めて聴いた。T君は「お前は絶対これが好きなはずだ」とか言って
よくカセットをくれた。サザンオールスターズの「ステレオ太陽族」
なんかもそうだった。センチメンタルでロマンチックな曲は
とにかく僕向けらしい。
ロンバケでは「恋するカレン」、サザンでは「栞のテーマ」を
とにかく聴け!だったね。でもその当時は浪人生活を送っていて
遊んでいる友人達を羨んでいたつもりはないけれど、
実はカレンも栞のテーマもちょっと違うって思っていた。
もっとロックだろ、そんなお洒落は嘘だろと。
そんな疑問符ばかりの生活をしている僕に向かって
完璧な矢を放ってくれたのが佐野元春さんのアルバム「Someday」だった。
いつかと題された曲、たどり着きたいと叫ぶ楽曲。
僕と世の中の間の溝を美しく昇華させてくれた恩人のような作品だ。
このアルバムは予備校で知り合ったN君が、「絶対お薦め」
と言ってカセットをくれたのが最初の出会いだった。
アルバム「Someday」の中には「A long vacation」のDNAがある。
それは「Niagara Triangle Vol.2」で大滝さんと佐野さんが出会った
事によるもので、清らかに透明で、洪水のように分厚い音は
そこで引き継がれているように思う。
「A long vacation」がすっと聴けるようになると
このアルバムの中にある音楽の宝物の多くを知る事ができた。
お陰で古今東西のポピュラーミュージックを
幅広く聞けるようになったと思う。
大滝詠一さん、本当にありがとうございます。
そして僕に音楽を教えてくれる大切な友達のみんな
いつもありがとう。
今年もよろしくお願いします。
2013/09/12
アドレス帳
昨夜、懐かしい友人から電話があった。
中学時代の友達、35年振りになるのだろうか。
天真爛漫で人なつこい大好きな男だった。
どうして卒業後合わなくなってしまったか
不思議なくらいだ。
電話の要件は共通の友人の行方について。
実は僕もずっと気になっていた奴の事で
行方については分らずじまいだったけれど
互いの近況を伝え、近々飲むことを約束。
こういう約束は決めないと実現しないので
年内には絶対やろうね、スミオ君^^
そんな年月を経過し
僕は51才になろうとしている。
HALLY'S BARに投稿するのも一年以上振りだ。
「50にもなって、書く内容なんだろうか」
それが、しばらく何も書けなかった理由。
twitterやfacebookへのお気軽な投稿で
お茶を濁してた感もある。
少しまとめて何かを綴りたいと思ったのは
アドレス帳を整理しようと思ったから
10年以上積み重なったアドレス帳。
Lineには明らかに違う人が表示される事も
少なくない。
長くdocomoとSoftbankの2台持ちだったけれど
Softbankのみにした事を知らせないといけない。
BCC一斉送信でなく、懐かしい人には一人一人
言葉を添えてみようかな、と思った。
スミオ君からの電話でおかげで。
2012/04/07
2012/01/01
謹賀新年

あけましておめでとうございます。
元旦の今日、地元の神社で引いたおみくじは「末吉」でしたが
こんな事が書かれていて、とても嬉しい気分に。
「はなされし かごの小鳥のとりどりに たのしみおおき
春ののべかな」
(籠の中にいた小鳥が放たれて自由にとび歩くように
苦しみを逃れて楽しみの多い身となる運。世の為人の為に
尽くしなさい・・・)
そんな神様の声のせいなのか
部屋の奥から、硯、墨、筆を引っ張り出して
久しぶりに一筆。
今年の目標を「定」にしました。
ブレてばかりの日々から今年は脱却せねば
何しろ**歳になりますので。

籠から放たれて、行くべきところが決まる
そんな2012年になったらなと思います。
今年もよろしくお願いいたします^^
2011/11/30
秋、最終日

11月も終わり。なんとなく昔から11月は鬼門のような月で
何かが起きたりする事が多い。
そんな月も終わりだ。
10月から右肩が痛くて姿勢によってはかなり辛い(五十肩?)。
自転車を乗る時にも同様で、この秋はロードバイクに乗れず仕舞いだった。
少しずつ良くなってきた今月の後半から、ジムには本復活
頑張りすぎて脇腹を痛めた・・・。
友人とも良く話すのは「痛めると治りが遅いよね・・・(年取ると)」
先月リストアップしたCDの中で一番良く聞いたのが
高橋ユキヒロさんと鈴木慶一さんのユニット
The BEATNIKSのアルバム「LAST TRAIN TO EXITOWN」。
歴史的名盤ではないかも知れないけれど心に深く染みた。
どこか懐かしい音、耳にすっと入ってくる言葉に
はっとする瞬間は、まさに音楽(POP'S)三昧。
それから、この音楽は・・・そうではないかも知れないけれど
僕には、加藤和彦さんへのオマージュのようにも聞こえてしまう。
LAST TRAIN TO EXITOWN
(出口行き最終列車)
その電車、乗らなくても良いの?
2011/11/25
夜明けのスキャットが鳴り止まない
2011/09/19
2011/08/31
2011/08/04
映画の余韻
梅雨に戻ったような夏の日々、今年ももう8月に。
先月は得るより無くしてしまうような事が多かった。
そんな中で見た映画「Biutiful」
僕はこの映画の中に「光」は見えませんでした。
見終えた後に残ったものは「希望のない切なさ」だけ。
だから本当に辛かった。
現代のバルセロナを舞台に、余命2ヶ月と診断された男は
散らかった人生に納得の行く幕引きができないまま息絶える。
そんなストーリーの余韻がいつまでも消えなかった。
対応策(?)として、翌週レンタルDVDで「GANTZ」を観た。
死んだはずの人間が不思議な世界で生き返ったりする物語
(ちょっと内容説明を端折りすぎですが・・・)。
その翌週は「アウトレージ」(北野武監督)を観た。
これはそんなことで人は殺されてしまう・・・という映画。
少し「Biutiful」の辛さが中和された。
死があるから生がある。どういう状況であれ
「生」は「生」なのだ。
一昨日、コンゴトロニクスのライヴに行き、歓喜の中で踊った。
アフリカ音楽のパワーに身を委ね、その豊かさに甘えてみた。
この幸福な「生」のひと時を噛みしめてみる。

音楽の喜びを(その喜びの本質を)僕に教えてくれたのは
先月亡くなられた音楽評論家の中村とうようさんだった。
とうようさんは全てやりきった人生だったのだと思う。
「生」の終わりは、祝福の中で見送られない事も
受け入れなくては行けない現実。
ありがとうございました、とうようさん。
そして僕は、もう一度「Biutiful」を見てもいいぞと
思えるようになった。

「Biutiful」
2010年スペイン・メキシコ合作映画
配給:ファントム・フィルム
http://biutiful.jp/index.html
先月は得るより無くしてしまうような事が多かった。
そんな中で見た映画「Biutiful」
僕はこの映画の中に「光」は見えませんでした。
見終えた後に残ったものは「希望のない切なさ」だけ。
だから本当に辛かった。
現代のバルセロナを舞台に、余命2ヶ月と診断された男は
散らかった人生に納得の行く幕引きができないまま息絶える。
そんなストーリーの余韻がいつまでも消えなかった。
対応策(?)として、翌週レンタルDVDで「GANTZ」を観た。
死んだはずの人間が不思議な世界で生き返ったりする物語
(ちょっと内容説明を端折りすぎですが・・・)。
その翌週は「アウトレージ」(北野武監督)を観た。
これはそんなことで人は殺されてしまう・・・という映画。
少し「Biutiful」の辛さが中和された。
死があるから生がある。どういう状況であれ
「生」は「生」なのだ。
一昨日、コンゴトロニクスのライヴに行き、歓喜の中で踊った。
アフリカ音楽のパワーに身を委ね、その豊かさに甘えてみた。
この幸福な「生」のひと時を噛みしめてみる。

音楽の喜びを(その喜びの本質を)僕に教えてくれたのは
先月亡くなられた音楽評論家の中村とうようさんだった。
とうようさんは全てやりきった人生だったのだと思う。
「生」の終わりは、祝福の中で見送られない事も
受け入れなくては行けない現実。
ありがとうございました、とうようさん。
そして僕は、もう一度「Biutiful」を見てもいいぞと
思えるようになった。

「Biutiful」
2010年スペイン・メキシコ合作映画
配給:ファントム・フィルム
http://biutiful.jp/index.html
2011/07/10
早い梅雨明け、青い夜
2011/06/22
2011/06/19
追悼、BIG MAN
2011/06/05
2011/04/23
2011春の記録

いつもの年と同じように春になり桜が咲き、GWが近づく。
この震災で「気づいた」人は多いはずだ
いのち、暮らし、自然、と向き合うという事。
そしてこの変化を進化へと変えていく力は何なのだろうかと。

先月25、26日は仕事で沖縄に。
目の前に広がる海が少し怖かった。
港の町では義捐金の協力が町内放送で流れる。
昼食に入った沖縄そば屋はドリンクバーが無料だった。
オープンして1週間の居酒屋で夕飯、どこも笑顔が暖かい。
27日、羽田から渋谷へ直行。
Soul Flower UnionのLIVEに参加。
このタイミングで彼らを見る何という偶然。
「満月の夕」で自分が泣く事はわかっていたけれど
笑おうと思って抵抗するがダメ。
周りを見渡すと、皆同じだ。
この曲はHEATWAVE/山口洋とSoul Flower Union/中川敬の合作。
3月は毎年健康診断。
「血圧が高い」と指摘され、医者に行きなさいと言われ続け3年。
「運動で治しますから」と頑なに拒否してけれど、今年は本気で
怒られた。頭ごなしに言われたので大人げなく口答えしてみるが、
看護婦さんに止められる。短気さを反省しつつ、医者の門をたたく
事に。
診察によると、標準的な高血圧だそうだ。先生の一言に感銘を受ける
「運動は一生懸命やらないでください。ちんたらやってください」。
つまりは脈拍上げない有酸素運動をしろという事。
ここ数年、血圧を下げようと一生懸命運動した。多少辛くても
もっと頑張れるようになりたいと思って、顔真っ赤にして走った。
が、それは健康への道と真逆だったと言う事ですね、先生。
僕の運動観は変った。
これから「頑張らないように頑張り続けるのだ」
それは震災後の今、何かのヒントになりつつある。
悲しみすぎない穏やかなスローバラードのように
ゆっくりとアン・ドゥ・トロワ

上野公園の桜は花というより、豊かに実った果実のようだ。
そして桜を眺めている人の表情には穏やな微笑みが浮かんでいる。
風に舞う花びらに包まれる・・・天国かと思う。
桜前線は東北から北海道へ移動中。
スーちゃん(田中好子さん)笑顔をありがとう。
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